柔らかな腕に還る

 浅い眠りから意識が浮上する。薄目を開けて見た先の光景にハッと息を呑んで、ビックリしすぎて咄嗟に目をギュッと閉じた。……アレ? どうしてこんな状況になったんだっけ、と思案する己の頭は今、誰かの膝の上にあった。
 それだけでも十分ビックリな話だが、俺を膝枕するその誰かとは、なにをどう間違ったらそうなるのか、 お妙であった。
 お妙はいったいいつからここに居たのだろう。縁側に一人うとうとしていたところまでおぼろげに覚えているけれど、あとの記憶は曖昧だ。おそらく俺は眠ってしまったのだ。
 だとしたら、これはきっと今縁側で寝ている俺が見ている夢に違いない。

(……だって、ありえないだろ、これ)

 ありえない。妄想の具現化としか思えないこの状況が。
 だが夢にしては、あまりにもリアル過ぎるような気がするのだ。
 たとえば、この頭の下の柔らかい感触だとか。どこかから香ってくる良い匂いだとか。

「あら、起きられたんですか?」

 悶々としながら俺が眉間に皺を寄せると、その様子に気付いた彼女が口元を綻ばせた。そして優しい温かさの灯った手のひらが俺の前髪を梳いてくる。

「まだ、いいんですよ」
「なにが」
「まだ寝てても、いいんですよ」

 煩悩だらけで眠る気がしないんですけど、というのが正直な感想だが、前髪を梳く彼女の手が不思議と睡魔を誘ってくる。折角なので、まだ寝ていてもいいという彼女のお言葉に甘えることにする。けれども普通に、穏やかな眠りに意識を手放すワケじゃない。
 俺は膝の上でゴロンと寝返りを打ち、畳の上へと転がった。お妙の手を掴んだままにしながら。
 案の定、俺の手に引かれたお妙は、きゃっと可愛いらしい悲鳴を上げて、身体をよろめかせた。何するのよ、と怒った声が上がるが気にしない。
 俺は寝転んだまま、体勢を崩したお妙に向かって腕を伸ばした。

「一緒にどう?」
「何をですか」
「昼寝。一緒に、さ」

 ほら、来いよと両手を広げて。冗談めかして笑ってみる。

 ……あり?
 てっきり、「誰が一緒に寝るかセクハラ野郎!」なんて言われて、一蹴(文字通り鋭い一撃を鳩尾あたりに)されると思っていたのに。

 俺は驚きながらも、寄り添うように触れてきた身体をしっかりと腕の中に包みこむ。抵抗はされなかった。
 ああ、やっぱり。これは何処かの神様や天使様の見せた白昼夢なのかもしれないなと、目の前で真っ赤な顔をした彼女を見ながらそう思う。
 そうだ、これは夢だ。
 このまま、俺が欲望のままに素直な彼女を襲おうとしようものならば、グーで殴られて万事屋のソファから転がり落ち、神楽から大笑いされたあと天井を見つめながら「アレ?」と呟くというのがオチになる。過去の悲惨な経験がそれを物語っている。みんなは騙せてもこの銀さんは騙されないから。うん。
 でも、まあ。もしも、だ。もし本当に、これが夢じゃなくて現実のことで。次に目が覚めても腕の中のこの温かさが残っていてくれたなら。
 その時は、寝ている額にキスの一つくらい落としてもバレやしないだろう。そんなことを考えながら、俺はもう一度瞼を閉じて、日差しにふわりと溶けるまどろみの中に沈み込んだ。


#原作
柔らかな腕に還る '20100523
title ジューン
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