バースデイ・ドラマ
深夜のわが家に、侵入者が現れた。もしも泥棒目的なら、そいつは大馬鹿者だ。自慢じゃないが、この万事屋には盗まれる金も物も皆無と言っていいのだ。ああ本当に自慢じゃない。
しかし侵入者は、私の予想を大きく裏切る行動に出た。
ギシギシと、床が軋む音がする。そいつはすっかり寝静まった万事屋に侵入するなり、私の寝床を目指して一直線に足音を進めてきた。
金目当てじゃなく、私目当ての犯行か。
いい女は罪アルなァ、なんて、場違いなことを思いながら落ちかけの重いまぶたと、すぐそこまでやってきていた睡魔を頭の隅に追いやる。
押し入れの外、かすかな足音が近距離で聞こえて、そっと息を潜める。何かあったらすぐにでも飛びかかってやろうと考えている一方、だけど、なんでだろう。
ふすまの向こうに立つ侵入者に、私はいまひとつ警戒心を抱くことができずにいる。
ふっと、額のあたりに薄い光が落ちてくる。
ふすまが開いて月明りが漏れたのだとわかり、咄嗟にぎゅっと目を瞑った。
その次の瞬間、ひんやりと冷たいものが私の頭に乗った。
奇妙なことに、それは侵入者の手のひらだった。それは躊躇いがちに、さらさらと私の髪を梳く冷たい指。不法侵入者の手のくせに、ずいぶんと大きな安堵感が私を包んでくる。
気づかれないようにそっと薄目を開けて、そいつの姿を視野に入れた。そして私はようやく、侵入者の正体を知った。ああ、やっぱり。
たしかに銀ちゃんならもっとワシワシとか、ガシガシとか。そんな感じで頭を撫でてくるから。
こんな優しい撫で方なんてしてくれないから。
目を開けた先、薄暗い押入れの外に立つそいつに向かって、「オイ」私が呼びかける。
「そこの不法侵入者」
「なんでィ、そこの不法入国者」
私の前で、沖田がにやりと笑っていた。
「お前、どうやってココに入ったのヨ」
「愛の力」
「真顔で嘘つくんじゃねーアル、バカ」
大方、銀ちゃんが鍵をかけ忘れたんだろう。
年頃の女の子がいるんだからと、前にアネゴに怒られていたのを思い出す。まだ懲りていなかったのか。明日にでもまたアネゴに言いつけてやろうと決めた。
「こんな時間に何の用ネ」
「ちっと用事があってな」
「さては夜這いアルな」
「寝言は寝て言え。それとも寝ぼけてんのかィ」
たしかに、今の私は寝ぼけているのかもしれない。なんだか意識がふわふわしている感じだから。
うつらうつらした目で沖田から視線を布団に落すと、枕元に置いてある桃色の包みを発見した。犯人はおそらく、
「寝ている彼女の枕元にプレゼントなんて、ナルシなキザ男がすることヨ。ちょっと早めのサンタクロース気取りアルか」
「俺はキザ男もサンタも目指しちゃいねェよ」
ただの祝いもんだと、沖田が言う。どうやらやっぱり、このプレゼントを置いたのは沖田らしい。思わず、「どうして?」と尋ねたくなった。
どうして私にプレゼントなんか、ではない。どうして私の誕生日を覚えていてくれたの、だ。
「ねえ、それ」
「なんでィ」
もぞもぞと、布団から指を出してプレゼントを指さす。が、空気が冷たくてすぐに引っ込めた。
「それ、何が入ってるネ」
「なんだと思う?」
当ててみろ、とばかりに沖田がにやりと唇を曲げる。質問を質問で返すなってマミーから習わなかったのかと悪態をつきながらも、折角だから考えてやることにした。
「んと・・・酢昆布?」
沖田が私に買ってくれるとしたら、それしかなかったから、そう答えた。でも私の回答は外れたようで、「違ェよ」と沖田が溜息交じりに口にした。枕元に伸ばされた沖田の指が、プレゼントの紐を解いてみせる。
アクリルづくりの虹色の花が印象的の、どこにでもいる女の子がつけるような、そんな可愛さのある小さな髪飾り。それがプレゼントの中身だった。
「食いもんじゃなくて悪かったな」沖田がバツの悪そうな顔で呟く。が、全然悪くない。むしろ、「嬉しいアル」お前がこんな女の子らしいものを選んでくれたことが、私は嬉しい。
「そりゃ・・・、良かった」
不意に、頭をもう一度撫でられたかと思ったら、押入れの入り口に立っていた沖田が身を屈めた。
「誕生日おめでとう」
枕に頭を乗せる私に近づいて、それを耳元で囁かれた。あまり小さくないほどに心臓が跳ねたことはコイツには悟られたくない。
「じゃあ今日の午後な」
「きょう?」
「おー、これつけて公園来いよ、なんか驕ってやるから」
この髪飾りをつけて、公園に来い。なんか驕ってやる。
デートのお誘いにしては、それはあまりにも雑過ぎじゃないか。
「おうヨ」
でも、それくらいが今の私たちには相応しいのかもしれない。
大人っぽさなんか要らない。
段々と、目の前が暗くなっていく。
「眠そうだな」
その響きは、やっぱりガキだなぁ、と呆れられたみたいに聞こえた。うるさい。お前だってガキのくせに。
でも段々と落ちてくるまぶたには逆らえそうにない。良い子はもう眠る時間だから。きっと沖田は良い子じゃないから眠らなくてもいいのだろう。
そういえば、髪飾りのお礼を考えないといけない。今年の沖田の誕生日は、何もあげられなかったから。私だけが貰っておくのも、なんかやだ。
そんじゃオヤスミ、またあとで。みたいなことを沖田は言って、奴の指が私の前髪を掻き分ける。そして額に、沖田の唇が落ちてくる。
ああ決まった、プレゼントのお礼。
今日の午後からのデートでは、今のキスを私からしてやろう。
私からなんてしたことないから、きっと驚くはずだ。そのときの沖田の顔を想像して、ふふっと笑みが零れたりした。
閉じられたふすまを見届けて、まぶたを閉じる。早く外が昼になればいいのに、なんて思いながら。
夜明けはもう、すぐそこに迫っている。
#原作
バースデイ・ドラマ '101103
title 落日