テレパシークイズ

 高校三年生の冬というのはもっと、ピリピリとした空気がクラス全体を包んでいるべきではないのか。
 ふと手元にある参考書から視線を上げた先では、自習、と黒板にでかでかと書かれた二文字が嫌でも視界に入ってくる。眩暈がした。
 数ヵ月後に迫る受験のことなんてまるで関係無いというように、ぎゃあぎゃあとすぐ側から聞こえる友人たちの声。弾け飛ぶ机。自習を言い渡された教室は騒がしさと言ったら。遊び回る生徒たちの中、自分だけが机で自習に勤しんでいる状況だった。
 視線を移動させると、授業の開始早々に自習を宣言した担任の姿を見つける。教室の隅からパイプ椅子を教壇の横に持ってきて、其処にだらしなく寄り掛かる担任は、ふああぁと、隠そうともしない欠伸をひとつしてみせる。手元のジャンプ(そんなモノを読む暇があるなら授業をしろと言ってやりたい)は読み飽きたのかパタンと閉じてしまう。
 それから退屈そうに、ふらふらと定まらない視線を担任は教室に浮遊させ、

(……あ、)

 目が合った。

 早く視線を逸らしてくれないか、と思う。
 向けられた視線を見つめ返しながら、こっちを見るなと心中で毒づいてやる。しかし当然、相手には聞こえてないのだから視線の先は自分に向けられたままだ。
 何がしたいんだろうか。
 自習のためにシャープペンシルを握っていた手とは違う手で、そっと前髪を払う。次いで、垂れてきた横髪を耳にかける。頬杖をつく。頬杖をほどく。落ち着かない。
彼の眼鏡の奥。そこから感じる、じぃ、と絡みつくような視線にむず痒さみたいな感覚が伴う。
 彼になんの意図があるかは知らないが、こういう行為が、私に『期待』を抱かせてしまうのを彼は知っているのだろうか。
 気まぐれで私の乙女心を弄ぶのは止めて欲しい。
 ついに、向けられる視線に耐え切れなくなって、とうとう自習を取り止めた。否、目が合ったあの瞬間から、すでにノートの上を走るシャープペンシルの動きは一ミリたりとも動いていなかったのだけれど。

(猿飛さんあたりに見つかったら面倒なことになるかしら)

 なんて予測をつけながら、こちらも一切視線を逸らさない。いや、逸らせないの間違いだ。こちらから目を逸らしたらなんだか負けのような気がして。じっと、ひたすら無言で見つめあう。
 どのくらい経っただろうか。何十分とこうしていたような気するし、逆に数秒だったような気もする。時間の感覚を忘れそうになる。
 騒がしい教室でありながら、此所だけがポツンと孤独で、静かだ。
 まるで自分たち二人だけの為に切り取られた世界のようだ、と、乙女チックなことを考えてしまった自分に羞恥を覚えた。

(……あら?)

 一瞬、目の前に座る彼から、酷く眩しいものを見るような目が自分に向けられた。パイプ椅子にだらりと腰掛けた彼の様子は変わらない。けれど。彼の眼鏡の奥、一瞬だけ緩んだ彼の目元から何かが飛来した。
 慈しむように温かな目線。それが鮮明な『言葉』と成って届く。

(いま、わたし、)

 「好き」だと、言われた気がした。
 カラン。手から机上へ滑り落ちたシャープペンシル。背筋から脳天を一気に駆け抜ける熱に馬鹿みたいと笑いたくもなる。
 言われた気がしただけなのに。
 ふたつ作った握り拳をギュッと握る(悔しい!悔しい!)。高く跳ね上がった鼓動が隠しきれない。
 馬鹿みたいだ、ともう一度自分を罵倒する。先生と生徒。そんな関係でそんな言葉はありえない。期待してはいけない。期待しては、いけない、のだ。

「私もです」

 口からついて出たのは、思っていたよりもずっとずっと、小さい声だった。自分はこんな可愛らしい声をしていただろうかと考えるような、そんな声だった。
その声は、騒がしい教室の中に一瞬で飲み込まれてしまって、実際に彼の耳に届いたかどうかは私にはわからなかった。だが次の瞬間。担任の口からポロリと零れ落ちた煙草。

「えっ……あ? ァ、ぁ、あぁ?」

 素っ頓狂な大声を上げた彼が、口角をぴくぴくと痙攣させている。周りの生徒たちが不可思議な目で彼を見やるが、彼は私を見つめたまま「えっ、うそ、なんで」なんで、なんでと繰り返している。
 可笑しさが堪えきれず、思わず笑みが零れた。彼はどうしてあんな顔をしているのか。
 『私もです』という私の言葉の意味がわからなくて不思議がっているのか(それとも、本当に彼は私に向けて、)。
 テレパシークイズの答え合わせは、次の休み時間にでも。


#3Z
テレパシークイズ ‘110205
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