鼓動で寄り添う

 ガタンゴトンと座席が揺さぶられる。小刻みに、不規則に。本来なら煩わしいはずの電車のリズムは、黙っていると眠気を誘われてしまう。なんでかしらと、初めて電車に乗って以来、妙はずっと不思議に思っている。
 首を曲げて、車窓の外を覗き込む。デート帰りの電車の窓の外には、歌舞伎町から遠退いた見知らぬ街の景色が映っている。さらに遠くに見える川の色は赤い。太陽が川に浮かぶその光景を眺め、ああもうすぐ陽が暮れる、今日が終わりを迎えるのだと、実感が湧く。

「頭、乗せれば」
「え」

 西日の射し込む電車内は、自分と男の二人だけだった。だから、ガタンガタンと騒がしい車内でも、男の声はクリアに妙の鼓膜に響いてくれた。あたまのせれば。たった今、長椅子に腰かける妙に向けて掛けられた声。声の持ち主は、妙の隣に腰かけた男の物だ。

「眠いんだろ」
「ええ、まあ。そう見えましたか?」
「さっき船漕いでた」
「あら。見てたの?」

 相変わらず目聡いひと、妙はひそやかに驚いた。眠気に揺らされて、妙が一瞬だけコクリコクリと船を漕いだのを、男は気づいていたらしいのだ。
 出来れば、気づいてほしくなかった。電車に揺られて眠くなるなんて、なんだか子供っぽいじゃないか。この男と一緒に居る時は、出来るだけ大人っぽく在りたい。そんな、必死に背伸びをしてみせる子供みたいな考えをする自分はやっぱりまだまだ子供なのかもしれなかった。

「ほら、貸してやる」

 そんな妙の心中を知ってか知らずか(いいや、わかっていないだろう)、妙が見上げた視線の先で、男はポリポリと指で頬を掻く。

「何を貸してくださるって?」
「肩。貸してやる」

 そう言うと男は、妙の返事を待たずに、その手を妙の肩にかけた。力がこめられて、ずいと引き寄せられると、妙のこめかみ辺りに男の肩がぶつかる。
気が付くと、妙はぴったりと男に寄り添う形になっていた。

「…なにするの」
「いや、だから。肩貸してやるって言ったろ」
「それでも、これはちょっと強引過ぎじゃありませんか」
「合意の上じゃねェか」

 なあそうだろうとも言いたげに男の口端がにいと吊り上がる。意地悪い笑みだ。肩を貸してやるとはよく言ったものだと、妙は心中で毒づいた。本当は、自分が乗せてほしいだけのくせに。

「うお、」
「あらなにかしら、その顔は」

 ゆっくりと男の肩に体重を預けてきた妙に、男が目を真ん丸にして見開いていた。なぜだか酷く驚いているようだった。それからジッと、男は妙を真摯に見据えてくる。納得いかない、そんな顔をしていると妙は感じ取った。

「なんか、アレだな。今日のお前」
「アレって?」
「いやァ。今日は、珍しく素直なんですねえオネーサン」

 何が可笑しいのか、男はクツクツと笑う。
 珍しくって何ですか。あなたが乗せろって言ったんじゃないの、それと私は普段から素直じゃないって言うのかしら。そんな風に言い返そうとして、しかし、それは首の辺りに回った手に遮られた。男の肩に預けた妙の頭がグッとくるまれて、押しつけられる。くるくるした猫っ毛に擦られるのが少々むず痒い。が、決して嫌ではなかった。

(貴方のほうこそ、今日はやけに。)

 大胆じゃないですか、と。それを口に出そうとしたが、押しつける男の手の熱さに妙は唇を閉じた。その代わりに、男の肩に完全に頭の重さを預けてやった。明日男から肩凝りになったなどと文句を言われようとも、それは自分のせいじゃない。
 ドクンドクンと、肩越しに聞こえる激しく脈打つ心音が聴こえている。果たしてそれは男の物か、はたまた自分の物か。いや、両方かもしれない。ふふっと口先を歪めた妙がくすぐったそうに笑うのを、なに笑ってんだ、と隣の男が不思議がった。


#原作
鼓動で寄り添う '110314
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