恋の色がいい
「プレゼントなんです」こちらが問うてもいないのに手元の物の正体を明かしてにっこりと微笑んだ彼女の表情と言ったら。言葉に出来ない。勝手知ったるや他人の家に上がり込んだ銀時を出迎えたのは、綺麗な細指に編み棒と毛糸を引っ掛け、座布団の上に正座して編み物をする妙だった。
「なあ、それって、」
「はい?」
「いや、やっぱいい。なんでもねーわ」
プレゼントだと彼女は言う。誰に宛てか尋ねようとした銀時だが、編み物に向かう妙の目があんまりにも優しい色をしていたので。尋ねるのがつい躊躇われてしまった。
少なくとも自分宛てではないだろう。銀時はそう確信している。(なぜなら、渡す張本人の目の前でプレゼントを見せたりなんてしないだろうから)
編み物へ向かう妙はひどく真剣な目をしている。だからこれはきっと、ただのプレゼントではないはずなのだ。(例えば、恋とか?)(この女に限って、いやまさか)
元々、銀時は暇をして志村家を訪ねたのである。しかしテレビは一度点けてみたものの目ぼしい番組が見つからないのですぐに消してしまった。することもなく、畳にダラリと寝転がっていた銀時は、そろりそろりと妙に近寄ることにした。
「結構短いんだな」
「ええ、まだ始めたばかりですからね」
邪魔にならない程度に、銀時は妙の手元を覗き込んだ。着物の膝元へ伸びる十センチばかりのそれは、おそらくマフラーになるのだろうと思われた。毛色は綺麗な赤色をしており、歪んだ穴ひとつなく丁寧に編まれている。
「実はね、ちょっと心配事があるんですよ」
「心配事?」
「ほら、編み物ってよく重いって言われるじゃない。だから、受け取ってもらえないんじゃないかと思って」
何を言い出すかと思えばそんなことかと、銀時は妙の杞憂に溜め息をついてやりたくなった。しかも、眉を垂らして小首を傾げたりなんかして。今の妙の表情はまさに恋に悩める乙女といった感じにピッタリで、銀時は非常に面白くない。
それでも、困っている妙の顔を目の前にするとフォローの一つや二つを入れなければいけないような、そのような気持ちにさせられてしまう自分が居るから、困る。
「別に、俺はこれで良いと思うけど」
「銀さんは思わないんですか」
「なにが」
「編み物。重いとか、思わないんですか」
「思わねーよ、全く」
お前の手料理なら全力でお断りさせてもらうけど、などと続けそうになる己の口を間一髪で塞ぐことに成功して、冷や汗が背中を滴り落ちた。危ない危ない。編み棒で刺されるのは御免である。
「そうですか」
妙の返事は呆気ない。銀時の言葉に妙が何を思ったのかはよくわからない。ただ、下がっていた眉が元通りになったのには気付くことが出来た。それと今、妙の口元がわずかに上がって見せたような気もする。その理由を銀時が悟ることは出来なかったが。
「ちなみに、時間は一日10分。しっかりと丁寧作ろうって決めて、毎日コツコツ編んでるんです」
「10分って。そんなゆっくりで大丈夫なのかよ」
誰かにやるもんじゃなかったのか。ふと心配に思った銀時が聞けば、ええと妙は首を上下させて肯定する。
「でも、あと二ヶ月もありますし。まだ8月に入ったばかりですから、10月までには十分間に合うでしょう」
ああそうだな、妙に頷いてみせたあと、おやと銀時は気付かされる。10月までにと妙は言ったが、銀時はそれが彼女の誕生月であることを思い出した。同時に、自分の誕生月でもあることも思い出す。
はて、何か違和感を感じて銀時が頭を傾げた直後であった。「そうそう」と横から妙の声が割り込んでくる。
「そうそう、銀さん。赤色はお好きかしら?」
「・・・・・・・・は?」
「赤色はお好きでしょうかと、聞いているんです。答えてくださいな」
なんだか妙な質問だ。眉を寄せた銀時が妙の顔を見ようとするも、それは叶わななかった。まるで照れ隠しのように伏せられた瞼。おい、と銀時が呼びかけても妙は頑なにこちらを見ようとしない。
「ああ、言っておきますけどね、銀さん。好きかと聞いておいてなんですけど、いまさら青や他の色が好きなんて言ったら張り倒しますよ。折角ここまで編んだのに、最初から編み直さないといけないもの」
妙は相変わらず、手元の編みかけのマフラーに慈しむ目を向けている。そのマフラーを貰う者はどんなに幸せだろうと、銀時はさきほど思ったばかりだった。そして今、それを受けとる者が銀時には分かってしまった気がする。
「ねえ銀さん、わたし、まだ答えを聞いてないわ。・・・赤は、お嫌い?」
こちらの答えを知っているくせに、妙は知らぬ振りをして銀時の答えを待っている。編みかけの赤いマフラーを手に、満足げに唇を歪めてみせる妙が今の銀時にはひどく恨めしい。
嫌いなわけがないだろう。そもそも、俺はお前が編んだものなら何色だっていいのだ。
そう、答えようとする銀時の赤い唇は、震えて上手く声が発せないでいる。
#原作
恋の色がいい '一周年リクエスト