愛してるという戯れ言に揺らぎそうになる午前0時

ここのところ、机の上の茶菓子の減りがずいぶんと遅い。
妙がそのことに気が付いたのは今日の夕方であった。化粧を済ませ、仕事場へ出かけようと玄関へ向かう途中に、ふと居間の机の上に目をやって、「あら?」目をまんまるくした妙はひとりごちた。
普段ならば買って一週間もしない内になくなってしまうはずのそれらが、買って一週間を過ぎた今日も志村家の机の上にこんもりと盛られている。
どうして茶菓子は減っていないのだろうか。・・・いや、そもそもどうして、餡子の類をあまり好まない妙や新八の家に甘ったるい茶菓子が常備されているのか。
それらの理由を考える手間は要らない。考える必要もないでしょう、そう思って妙は手提げ鞄を片手に持って玄関へと急いだ。


***


愛してると言われた。
珍しく、その死んだ魚のような目を真っ直ぐにして。あんまり余裕がなさそうな顔をした銀時は、ごしごしと何度も着流しの袖で手のひらの汗を拭っていた。おそらく本気の告白だったのだろうと妙は思う。
妙も銀時が好きだった。ただし、それはラブではなくライクの方で、だ。
そのことを妙が正直に伝えてやれば、あーとかうーだとかひとしきり唸ったあと、「そうか。」と銀時は最後にその一言を残して逃げるように去って行った。
あれから一週間が経つが、妙は銀時の姿を見ていない。

台所の隅に置いてある戸棚には、大福やら最中やら、机の上の茶菓子の残りがしまわれている。こんなにも茶菓子が沢山ある理由は、銀時のためにと、ずいぶん前に妙がスーパーの安売りで買い置きしてしまったせいだった。
今になって、妙はそのことを激しく後悔している。
銀時はもう、この家に来る気はないのかもしれない。
早く食べてしまわないと、賞味期限はもうすぐ切れてしまって腐ってしまうだろう。だというのに、茶菓子はいまだ減らないままだ。

(・・・もし、今日会ったなら。)

一発ぶん殴ってやろうかしら、と妙は思う。
このまま賞味期限が切れて腐ってしまうだろう茶菓子代くらいにはなるかもしれないから。


***


一発ぶん殴ってやろうと決めていたはずなのに、実際に本人を目の前にしてみれば、妙の右手が動くことはなかった。
シフトが終わって店の裏口から出てきた妙を、ようと軽い一言をたずさえた銀時が出迎えた。いつもと変わりない死んだ魚のような目をした銀時に(そういえば、告白の時に見せたあの真剣な目は一体どこへ消えてしまったんだろうか)、何を言っていいものかと妙は口元をもごつかせた。

「へんな顔してやんの」

その場に立ち尽くす妙を指差して、銀時がへらりと笑う。(こんな顔をさせているのは誰が原因だと思っているのだろう!)ふつふつと胸の内に湧き上がる憤慨する気持ちを抑えて、「なんの御用ですか」妙はここぞとばかりに刺々しい声を出した。

「何って・・・迎えに来たんですが」
「どなたを?」
「お前を」

突然、ポーンと銀時の手から何かが放られた。それが何かを確認する前に反射的に受け取ってしまった妙は、改めて手中のそれを見やる。原チャリのヘルメットだった。
・・・ああ、と妙は納得する。ああ、そうだった。今日みたいに仕事が遅くなった日はいつも、銀時が妙の家まで原チャリで送ってくれていたのだ。以前まではそれが当たり前だった。暗闇に目を凝らせば、銀時のそばには原チャリが控えている。
どういうつもりだと訝しい目つきを妙が向けると、「あー・・・一応、言っとくけどな、」銀時が頬を掻いて俯く。行き場をなくした銀時の視線は妙の足元あたりを睨みつけている。

「まだ諦めてないとか、これから好きになってくれんじゃないかって淡い希望を抱いてるとか、どっかのゴリラみたいにストーカーしようだとか、そんなんじゃねーから。うん」

そのへん勘違いしないよーに、と、妙が何かを言い出す前に釘を刺された。

「じゃあ、なんなんですか。なんで私に振られた銀さんは私を迎えに来てくれたんですか。見返りを求めないでこんなことをするなんて、銀さんらしくないわ」
「お前の中の銀さんはずいぶん酷い男にされてんのな」

ぐねりと眉根を寄らせて、ふーっと銀時が重い息を吐き出す。俺ってやっぱそんな風に思われてたわけか。ぼそりと呟いた銀時は困り果てた顔で妙を見つめる。

「だから俺はただ、今まで通り、夜遅くなった知り合いの女を迎えに来ただけだっての。理由もなく心配しちゃ悪いってのか」

心配だからここへ来たのだと銀時は言う。
それ以外に理由はないだろう、みたいな、下心の一切含まない目で銀時は妙を見つめている。
理由もなく心配をして迎えに来たことは悪いかと聞かれたら、悪くないと妙は答えてやれる。だが、そういう心遣いは自分以外にするもんでしょうがと思わず妙は内心で溜息をついた。
不幸な男だと妙は思う。
一度振られた女なんぞに優しくしている暇があったら、新しい恋の一つや二つ始めればいいものを(だからモテないのだ、この男は)。


***


「銀さんはまだ、私のことを愛しているんですか」
「ぶフゥッ!」

ギャギャギャアアア!原チャリのタイヤと道路が擦れる音が響く。ハンドルがブレたせいで一気に発進方向があやふやになる。一歩間違えれば交通事故だった。朝方の歌舞伎町は車の通りがなくて助かった。ぐらぐらと荷台がよろめいて、妙はたまらず目の前の白い背中に手を伸ばして強く掴まった。
「危ないじゃない!」と声をかければ「うるせー!」とどこか慌てた声が返ってきた。

「何を動揺してるんです」
「お前が変なこと聞くからだろーが!」
「私はただ、銀さんはまだ私のことを愛してるんですかって聞いただけですよ」
「・・・ねえだから何それ。何なの。なんでこのタイミングで、んなこと聞くんですかこのオネーサンは」
「だって愛してるって実際に言ったじゃないですか。この前」

無言のまま、わずかに振り返った銀時と妙の視線が交錯する。むぐむぐと何か言いたげに銀時の唇は上下する。が、結局何も言わないまま、銀時はまた前を向いてしまう。

「銀さん、私の家に寄って行きませんか」

茶菓子が余ってるので貰っていってくださいな。そう言えば、「いいのか」と前の背中から返ってくる。

「ええ、銀さんが食べてくれないと一向に減らないんですもの」
「そうかい」
「言っときますけど、もし腐っていても文句は言わせませんからね、銀さんの自業自得ですから」
「はァ? なんでそれが俺のせいになるんだよ」

「だって、」と妙は銀時の背中に掴まったまま続ける。
だって、茶菓子の減りが遅いのも、銀時が妙の家に来なかったせいだ。ついでに、買物の時に無意識にいちご牛乳やらを買ってしまっていたりするのや、どこかの寒がりのためにいつまでも炬燵を出しっぱなしにしていることだって、みんな。
すべては銀時が妙の心に棲みついてしまったせいだ。

「それってさァ、」

荷台に座っている妙からでは顔は確認できないけれど、銀時の声はどこか笑っている風に聞こえる。

「お前の中に俺が居座ってるってことか」
「ええ、そういうことじゃないんですか」
「それってつまり、お前が俺のことを愛してるってことになるんじゃねえの」

からかうような男の声に、「まさか。」と返す。どうしてそういうことになるんですか。強く反論しかけた妙の台詞にかぶさるように、「ああ、さっき言いそびれたけど、」と銀時の声だけが続く。

「何を言いそびれたんですか」
「やっぱまだ愛してるわ、お前のこと」

ぐらりと揺れた。荷台と心臓が。



#原作
愛してるという戯れ言に揺らぎそうになる午前0時
title 彗星03号
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