家族になりましょう

「あながち全てが真っ赤な嘘というわけでもないんですよ」

まるで長年隠し通してきた大事な秘密でも囁くように、妙は言うのだった。
志村家の居間に転がり込んでいた銀時が、妙の言葉に反応した。首をかしげて何が? と聞き返す銀時に向かって、「そうそう、あれからお酒の飲みすぎには気をつけていますか」と、妙は愉快そうに続けるのだ。
酒? と考えてすぐに銀時は合点がいって、次の瞬間には己の顔がくしゃりと歪むのを自覚する。思い出したくもない! という意思表示のつもりで、べっと舌を出してみせた。

「嘘じゃないって、どの口が言ってんですかオイ。一番ノリノリだったくせに」
「そうだったかしら」
「そうでしたァ、アレは絶対そうでしたァ」

とぼけた調子の妙に指を突き出して、何度も頷いて念を押してやった。忘れるものかと、銀時の脳裏にあのドッキリ、長屋生活やプラネタリウムでの記憶が蘇る。どいつもこいつもノリノリで、妙も銀時を絶望の淵へと追いやる祭りの一人として参加していた。
何で今になってあの話を掘り返すのだ、もう騙されてやるものかと、銀時は身体を強張らせて身構える。

「やあね銀さん、何をそんな身構えてるのよ。ドッキリはもう終わったじゃありませんか」
「あれだけ絶望味わって、ハイそうですかって、簡単に信じられるわけねえだろーが。今更あんな話を蒸し返されたら嫌でもこうなるわ!」

びくびくと疑り深くなっている銀時を面白そうに眺めていた妙が、今度はふっと微笑みをこぼす。

「じゃあ、これから私が言うことを銀さんは信じてくれないと思いますよ」
「………なに?」
「あら、信じないんでしょう?」

矛盾を指摘されて、むぐと銀時は詰まる。つくづく人を振り回すのが上手い女だと、銀時は思う。
嘘か真かを決めるのは銀時自身なのであるから、一応話してみろやほらほら銀さんが聞いてやるから、なんだのと銀時が視線を話の続きを促してやる。調子がいい人、という妙の呟きは聞こえない振り。
まあまあ聞いて下さいなと言って妙が運んできた茶を、二人ですすりながら、妙の話を聞いてやることになった。

「さっきふと、あのときのことを思い出してたの。それで考えてみたんです。例えばあんなふうにね、ろくにデートしたこともないのに、急に結婚を前提に同居しましょう、なんてことになったら。どうしようかしらって」
「普通にしてればいいじゃねェか」
「そうやってすぐに新しい環境に順応できるほど、私は器用な人間じゃないんです」

銀さんみたいにフラフラした人間じゃないから。誰がフラフラだ。じゃあフワフワかしらそれともクルクルかしら。髪のこと言ってたんかいィィ!
などと普段のような口答えをしながら、銀時は心中で呆れていた。何を言い出すかと思えばこんなことか。ありえない話に銀時は力抜けする思いだった。貞操観念が強い女のことだから、そんなことには絶対ならないだろうに。

「つーか、そんな展開ありえねえだろお前なら」
「もしもの話をしてるんですってば。たとえば、よ。いきなり好きな人と二人っきりの空間に押し込められたら。私すごく困ると思うわ。何を話したら良いのかしら、どんな顔してればいいのかしらって」
「……気負いすぎじゃねーの」

そうかもしれないわね、と、自分の性分に恥ずかしがっているのか、妙の頬に朱が落ちる。どうやら嘘はついていないようだったが、銀時もドッキリを忘れたわけではない。しかしもしこれが演技だとしたら、この女の将来は女優だろうと本気で思う。

「それに、やっぱりさみしいじゃない。新ちゃんと離れるなんて」
「あっ、やっぱりそこなんだ」
「当たり前でしょう。シスコンなり何なり好きなだけ言ってなさいよ。銀さんだって、神楽ちゃんと離れたら寂しいでしょう」

急に自分に話を振られて、「ああ、まァ…」とどもった。今のところ、相手も予定も見つかっていない銀時にしてみれば寝耳に水の話だったのだ。
まあ、神楽は置いていくことになるのだろうかと、遠い先の未来を思う。別に寂しくなんかねえさ。妙に向かって声に出してみたら、思いのほか寂寥が募ってしまった。
お互い、抱えているものが大き過ぎるのかもしれない。銀時もそうであるし、この女もそうだ。道場だとか弟のことだとか、何もかもをかなぐり捨てて好いた男に走るなど到底無理な話だろう。哀れだとも思う。自分だって、今の生活を手放すことはなかなに難しい。

「…ですから、私はああ言ったんです。新ちゃんと神楽ちゃん、定春くんも。みんな一緒がいいわ」

ああそうだなあ、お前そんなこと言ってたな、と相槌を打ったところで気付く。
この女は自分の嫁ぎ先に神楽や定春も連れて行く気なのだろうか。(そしたら俺ひとりぼっちなんですけど!)満足げに頷く妙はそのへんの事情を深く考えていないようであった。

「でもアレだぞ。大変じゃねーの、食費とか」

旦那や子供を含めたら、妙は一体何人家族になるつもりだろう。食費の上にあと必要なのは、新八に百発殴られる覚悟だとか。やっぱり神楽のエンゲル指数に耐えられる財力だとかは必須だろうし、あとは定春に噛まれてもある程度は丈夫さだとか。

「苦しくなったら、銀さんに馬車馬のように働いてもらいますから大丈夫よ」
「……なんで俺が」
「銀さんだって、みんな一緒がいいって言ったら頷いてたじゃない。たった今」

私はちゃんと見てましたからね。約束ですよ、反故にはさせませんよ。穏やかな声音は銀時の心をゆすぶった。
そういう約束が通じるのは子供の口約束までだということを、妙は分かっているのだろうか。いい年したオッサンに、ずっと一緒なんて言葉はあまりにも甘美な巧言。
神楽や定春はまだいい。けれども、どうしてお前の結婚生活に俺まで普通に組み込まれているのだろう、と。
だがそれはまだ、聞かないでおく。
ありえねえよ馬鹿じゃないのかと文句を言いたげな自分の口に、茶を流し込んで無理矢理黙らせた。今日のところは仕方がない。吹けば飛んでしまいそうな、現実味のない妙の夢だったが、それを壊すのは忍びない。
それに、この年若い娘さんが自分のことをそういう対象としてしっかり意識し始めないうちは、今の質問は銀時の心の内に留めておきたかった。


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