二日目まで

どうせ些細な喧嘩の延長戦なのだろうと予想をつけるのは簡単だった。

(だけどそういうのは二人でいるときにするだとか。外野を巻き込まないでほしいんですけど!)

朝の状況に対して、新八が抱いた感想がそれだった。
日が昇ったばかりで、まだそれほど暑くない夏の早朝である。せっかく新八が早起きして食卓に並べた朝食も、姉の作る卵焼きを阻止したという一番の頑張りも、なにもかもが無意味に感じられてしまう理由は一つ。朝の清々しさをぶち壊すようなギスギスした雰囲気が、志村家の居間に漂っているせいだ。

「新八、神楽、それ食ったら準備して庭集合な」
「あっはい」

かきこむように飯を腹に詰め込んで、ぱちんと両手を合わせる動作はすばやい。朝食を早々に切り上げた銀時はそそくさと居間を出て行ってしまう。
長机の向かいに座っていた妙に目もくれてやらない。背中を向けた銀時の足は庭へ向かった。一人だけ着替えは済んでいて、その後ろ姿は青色のつなぎを着ている。

先日の大雨で家の雨どいが壊れてしまった。筧の部分も何箇所か穴が空いてしまって、修理ついでに夏休みをもらおうと提案したのは新八だ。ちょうど夏の盛り時が過ぎた頃である。最近はプール清掃や墓そうじ、仕事が立て込んでいたから、きっと二人も疲れているはずだった。
お登勢たちには三日ほど万事屋の留守を言い渡してある。
「雨どいの修理が終わったら海に行きましょうか」「俺は山がいい」なんて、昨日は四人でわいわい計画していたのに。どういうわけか知らないが、翌朝になったら銀時と妙の間で険悪なムードが漂っていたのだ。
おかわりを要求して無視されるだとか、そんなやり取りすらない。会話もなければ目を合わせることもしない。互いに干渉せずという状態を見るに、事態はかなり深刻だと新八は思われた。

(折角の夏休みなのになァ)

妙に気づかれないように、新八はちいさく嘆息する。
そのとき、くいくいと着物の袖を引いてくる力に、新八は手にした味噌汁を落っことしそうになる。
しんぱち、と声をかける方を向けば、うんざりした新八とは対照的に、キラキラした瞳をたずさえた神楽がそこにいた。寝巻き姿の彼女は食べかけのごはんが盛られた茶碗を持っている。
妙に聞こえないようにするためだろう、神楽の唇はおちょぼ口のように細められて、潜めるように「コソコソ」と効果音を声に出している。(いや、それ口で言うもんじゃないから!)

「こいつらどうしたアルか、喧嘩アルか」
「……なんで君はそんなに楽しそうなの」

爛々と顔を輝かせている神楽に、若干引き気味で新八が聞いた。「なんだか面白そうな雰囲気がする」とこんな状況で言ってのける神楽を、ある意味で新八は尊敬してしまった。

「新八、なにか思い当たることはあるアルか」
「全然。あの二人、昨日の晩は普通だったよね」
「つまり昨日の晩、私たちが眠ったあとでなにかあったアル。二人はいつの間にそんなインモラルな関係になったアルか」
「いやいやいや……、ないないない! 銀さんと姉上に限って。ただの喧嘩でしょ、どうせいつもの言葉の応酬の結果なんだと思うよ」
「でも昨日はそんな感じなかったネ、やっぱり、」
「認めんぞ! そんなの絶対認めんぞォ!」
「新ちゃん座って食べなさい」

勢いづいて食卓から立ち上がった新八は、妙にぴしゃりと叱られて我に返った。新八と神楽の会話は聞こえていただろうに、妙からそれ以上触れてくることはない。黙々と朝食を口に運ぶ姿から察するに、何かあったのかという質問を受け付ける気も今はなさそうだ。

(インモラルは勘弁だけど、なんとかしてくんないかな)

ため息を味噌汁と一緒に飲み込んでしまった。しっかり付けたはずの味は感じられなくて美味しくない。
ふと新八がもう一度妙の方を見たとき、妙の視線は銀時のいる庭を見ていた気がした。

 ***

台所窓からの風を受けて、出入り口の暖簾につけられた風鈴が鳴っている。雨どいを直すために作業着姿に着替えていた神楽は、汗のかいた頬を撫でていく風に目を細めた。
日当たりのよい縁側とは真逆に位置する台所は、日陰が覆われているわりに風が通りやすい。志村家の中でも、ここはいっとう涼しい場所に思われた。
麦茶をグラスに注ぐ背中に話しかける。「あら神楽ちゃん」麦茶のボトルを一旦台所のカウンターに置いて、妙が神楽を振り返った。その立ち姿は翡翠色の着物を着ている。

「その着物、ごっさ似合ってるアル」

本当は今朝のうちに言いたかった。ありがとうね、と嬉しそうな表情をするけれど憂鬱さは相変わらず抜けていなくて。ぜんぶお前のせいだ、と神楽は心の中で銀時を呪ってやる。

「アネゴ、あの天パになにかされたアルか」

まばたき静かに三回、そうしてたっぷり時間を使ったあと。神楽への返事をどうしたらいいか困ったというふうに妙が眉間にしわを寄せた。

「隠さなくてもいいのヨ、困ったことがあったら神楽様に任せるヨロシ。場合によっちゃ私の傘が火を噴くネ。アネゴを困らせるあの白髪パーマを黒焦げパンチパーマにしてやるアル」
「あら、できることなら是非そうしてもらいたいわね」

にっこり妙が笑う。瞼で隠されているがその細めた目は笑っていないから、わりと本気で言ってるようだった。
じゃあ早速、と傘を取りに行こうとするが、「お待ちなさい」という妙の声が神楽を制止した。

「でもね、神楽ちゃんの心遣いは嬉しいんだけど、これは私自身があの人とケリつけないといけないことだから」
「よくわかんないけどアネゴは銀ちゃんと喧嘩中アルか」
「そうね、喧嘩みたいなものね」
「だったら銀ちゃんとサシで勝負アルな、勝負パンツ履いて」
「ねえそれ意味がわかって言ってるのかしら神楽ちゃん」

勝負と言ったら勝負パンツ。そう相場は決まっているのだと、ずいぶん前に銀時から聞いたことがあるだけで。詳しい意味なんて知らない。素直に首をひねると、「なら良かった」と妙は安堵したように微笑んだ。いったいなにが良かったなのか、神楽にはわからなかった。
妙は本当に勝負パンツ履くのかもしれない。それは神楽のなんとなくの考えで、女の勘というやつだ。勝負するから勝負パンツ。その意味は神楽が知らないものなのかもしれない。
追及しようとする神楽に、妙が呟くようにぼそりと言った。

「今回は百パーセントあちらが悪いけど、折れなくちゃいけないのは私なのよねえ」

だから面倒なんだけど、妙が付け加える。喧嘩は悪いことをした方が謝るもんじゃないのか、その問いかけに妙は答えをくれなかった。
置きっぱなしの麦茶のボトルは表面に水滴をつけていて、注ぐ作業を再開した妙の指先を濡らした。そのあとで丁度良いから麦茶のグラスを持って行くようにと頼まれた。二人が顔を合わせて気まずい雰囲気になるのを見越して、快く了承する。
暖簾をくぐって台所を出る。グラスを乗せた盆を両手に、志村家の廊下を歩く神楽は青いつなぎ姿を思い浮かべた。
なんて文句を言ってやろうか、そればかり考えている。




「銀ちゃん、アネゴになにかしたアルか」

唐突な質問は図星であると踏んでいた。麦茶でも噴き出せばいいと思ったが、相手に動揺した様子はなくて拍子抜けだった。休憩と称して縁側に腰を下ろした銀時は、ごくごくと麦茶のグラスを飲み続けている。
「銀ちゃん」聞こえてないのか、音量を上げて呼びかけると、「ああ」と唸るような声音で曖昧に返事をよこした。

「ふたり喧嘩中なんでしょ。はやくなんとかしてヨ、見てて気分良いもんじゃないアル」
「喧嘩じゃねーよ痴話喧嘩だ」

自分で言うかそれを、と、神楽は大きく目を見張った。勝負パンツの意味は知らずとも痴話喧嘩の意味はわかる。男と女がチョメチョメとかそんな感じの。伊達に渡鬼を見ている神楽ではなかった。
やっぱりインモラルだったアルヨ新八ィ。脳内でテレパシーを送ってやる。
ちなみにこの場に居合わせていない新八は、神楽と入れ替わりに妙の元に行ってしまった。新八がここにいたときのことを考えれば阿鼻叫喚の大惨事だったわけで、シスコンはいなくて正解だったような気がした。

「じゃあはやく解決してヨ。痴話喧嘩なら私や新八にはどうにもできないアル」
「俺ァ今回亭主関白気取ってんだ、俺から折れる気はねーんだわ。それはお妙に言ってくんねェと」
「銀ちゃんに亭主関白は無理アル、お前は一生アネゴの尻に敷かれる運命なのヨ」
「言ってろ」

飲み終えて空っぽになったグラスを盆に戻したあと「暑ィな」そう呟いて、襟元にかけた手拭いで顔を拭いながら、銀時が神楽を見やってくる。考えるような素振りをする。やわらかい癖毛の中を掻きまわして、神楽、と呼ばれる。
返事をしてないでいると、「お前今日も早く寝ろよ、オロナミンCあげるから」と銀時が言った。
眉すら微動だにしない銀時の顔からは真意が読めない。世の中わからないことだらけだと思った。妙との会話を思い出しながら、大人って難しいアルと子どもを気取ってやる。
いろいろ聞きたいことはあったが、最終的に質問はひとつに絞った。

「銀ちゃんも勝負パンツ履くアルか」

よっこらせと銀時が立ち上がった瞬間を狙って聞けば、思惑通り、神楽の前で銀髪バカは足をもつれさせてすっころんだ。

 ***

二日目の夜は一日目の夜を再現したかのようだった。
ひらけた障子から入り込む月明かりは昨晩と変わらず布団を照らしているし、神楽と二人で客間に転がっているはずの銀時も、昨日と同じように妙の部屋にいる。なにもかも元通りで、違うところと言えば、機嫌の悪そうな銀時の顔くらいか。
静けさが家の中を満たしていると思った。それぞれ離れた部屋で眠っている子供らの寝息すら聞こえそうなほどの静寂のなか、これから言わんとすることに恥じらいを持ちながら、妙は握りこぶしを膝の上につくっている。

「ええ、わかりましたよ」

声色は諦めと呆れの色が半分ずつ。けれど僅かばかり、男に対する愛情なんかもあると自覚しているので、妙はいよいよ自分が馬鹿らしくなってきた。
重々しく口を開いた妙とは正反対に、「そうこなくっちゃオネーサン」と銀時が愉快そうに笑ってみせる。笑う顔を見たのは昨日ぶりだった。

「このまま銀さんの機嫌が悪いまま夏休みが終わったら、新ちゃんに悪いですから」
「結局そこなのねお前」

「まあわかってたけど」拗ねた様子で、寝間着姿の銀時が頬を掻く。妙の部屋でありながら妙の布団にあぐらを掻いている銀時の、その唇は先程から厭らしくにやにやと動いている。
すべては、新八や神楽が予想しているよりもずっと生々しく、馬鹿らしいことが要因だった。
普段なら、妙の仕事帰りに休憩の宿を使うぐらい。お互いの家でだって誰もいないとわかっていながらも軽く口付けるくらいなのだ。緊張の糸はいつだって張り巡らしていて。誰にも知られない努力を自分たちはしてきたつもりだ。
しかし昨日に限っては。夜這いなどと意味のわからないことを言いながら妙の元にやって来た銀時が、「近くに誰かいるって燃える」とこれまた意味のわからないことを言い出したのだ。
馬鹿じゃないのかと、銀時の脳天めがけて本気の一撃を妙が食らわしてやったのは記憶に新しい。昨日のことだ。

思い出していると、妙の首筋に当ててくる手がある。体温は熱く、溶けてしまいそうだと感覚的に思った。
抵抗するべきかと宙を泳いだ手元を抑え込む。わかりましたと言ってしまった手前、もうどうしようもなかった。妙は銀時を受け入れてしまったのだ。

「ちょっと待って、このままだと着物が皴になってしまうわ」
「じゃあ早く選べよ」

「自分で着物脱いで畳んでここに戻ってくるか、脱がされて着物しわくちゃにするか」と、銀時は二本の指を立てて、妙に選択を迫った。
どちらにせよ自分に逃げ場はないじゃないか。悪態をつきたいが、今日一日で蓄積されていただろう銀時の機嫌の悪さは最高潮だということを思い出して、大人しく前者を選んだ。
帯をはずして着物は時間もないので畳むだけに留めて、襦袢だけの姿で戻ってくる。脱ぎ忘れた足袋に妙が手を掛けるときには、急かすように銀時が妙を抱きこんでしまった。
「こうなれば最後の抵抗だ」と決心づけて、足袋を脱ぎ捨てた妙は、温度のかよわない布団に足をぺたりとつけながら言った。

「……あの、やさしくしてください」

機嫌を損ねた昨日の今日だ、明日に響くような被害をこうむるのは勘弁だった。物音さえ最小限してくれなくては、二人に気づかれてしまう。
妙の言葉に対して、銀時からの返事はない。その代わり、応えるように妙の唇へ降りてきた口付けの早急さと、唇の隙間からねじこまれた舌の熱さから、妙の願望が叶えられそうにないことは明白だった。



思っていたよりもずっとはやく唇は離れてくれた。
トンと肩を小突かれると、腹筋は役目を果たさず妙の身体は呆気なく後ろへ倒れた。転がった視界は天井板を映し出す。暗がりのなかで蛍光灯からぶらさがる紐が見えたのも一瞬、影が覆いかぶさって、妙は銀時に組み伏せられる格好になる。
銀髪のすきまから射抜くような視線が寄越されて、銀時の目が妙の上を行き来する。
身体のかたちをなぞられているのだと気付いた途端に、妙の心臓がとくとく鼓動をはやめるのを自覚した。

高い位置で結い上げた髪をほどかれて、姿勢が楽になる。首の後ろに手が差し入れて、妙の頭を掬い上げると、銀時がその唇に吸いついた。
妙が息を吸うタイミングに合わせて入り込んできた舌の熱さと息苦しさに、妙の瞼は閉じては開いてを繰り返す。銀時の方は目を瞑る気配もなく、酸素を求める妙の様子をまじまじと観察し続ける(なんて趣味が悪い!)
罵倒しようにも唇は熱に覆われてしまっている。

ぴたりと密着した口付けで、行き場のなくなった息の塊を、どちらのものかも判別できない唾液と共に妙はごくりと嚥下した。
襦袢の帯は、妙が今のキスに気を取られているうちに解かれてしまった。気づいた頃には、銀時が襦袢の襟に両の指を掛けていた。胸元が開かれて白い肌がのぞく。
襦袢の上から左肘を抑えられて、一息に袖から腕が引き抜かれる。右腕も同様。
帯がほどけて袖が剥がれれば当然、胴体にまとわりつく着物も下へと落ちてしまう。妙の上半身はたちまち夜の冷気に晒される。
肌にひたと貼りつく体温がある。銀色のくるくるした髪が妙の首筋を撫でたあと、一定のリズムを刻みながら唇が鎖骨に落ちてくる。それから心臓付近へとジリジリなぞっていく舌の生温かさといったら。むず痒さと気持ちよさ。瞼を閉じてその感覚に耐えた。

するりと布きれの音がしたと同時に胸を圧迫していたものがなくなって、下着の上をはぎ取られた。いつ留め具を外れたのかさえ知らぬまま、妙の上肢はすっかり何も纏っていない状態になる。腰にまとわりつく襦袢はもはや意味をなしていない。
舌をすべらせて妙の胸元を濡らしていた銀髪が、唾液で濡れそぼつ唇をふたたび妙の口元へ寄せてくる。上唇にむしゃぶりつかれて、人差し指の腹を使って歯茎をなぞられる。
食べられているみたいだと思った。
行為のはじまりに告げられた、妙の台詞を銀時は思い出している。自覚なしに言ったのなら、この女は天性の魔性を持ち合わせていると言って良かった。
本当に優しくして欲しいのならもっと言い方があるはずなのだ。


妙の腹を銀時が手のひらで覆う。
触れた白い腹は肋骨の線が薄く浮き出ているほど。薄っぺらい身体だとは思っている。もう少し肉を、なんてことを言おうものなら、言い終わる前に平手打ちを食らうのが常である。
要らぬ一言に気を付けながら、銀時は腹をまさぐり続ける。覆いかぶさった体勢なので、銀時の首元には鼻にかかった妙の声がちいさく聞こえている。しかし強く肩を引き寄せられているから、熱い息が銀時の肩にかかるぐらいで、声はほとんど押し殺されてしまっている状態だ。銀時にはそれが残念で仕方がない。

少しくらい声を出したって、アイツらは起きやしないんじゃないか。銀時の本心はそれだったが、はいそうですかと妙が手をたやすく離すわけもない。
あちらは肩にすがりつくので精一杯なために、身体の方が無防備になるので、まあこれはこれでよいかと今は放っておいている。

撫でていた手を腹から上へ、細い身体全体にふれていく。
着物の上からでそれなのだ、脱がしたら余計に貧相に決まっている。誰も相手にしないだろうさ。そう過去に言った自分が今こうして欲情してるのだから、妙には色々と申し訳がない。
肌の白さだとか、均一のとれた脚と尻の肉だとか。目を見張るべき場所は幾らもある。かたちのよい小振りな胸だって、強い情欲の念に駆られる要因のひとつ。いくら余裕を気取っていても荒く乱れる呼吸は銀時自身どうしようもなかった。

銀時が妙の脇に手を差し入れると背筋をぴんと伸ばしてくる。可愛い、耳殻に吹き込むみたいにすれば、肩をつかむ手に力が入った。
その胸は不規則に上下し、浅い呼吸が繰り返されている。疲れているのかもしれない。思わず手の動きを止めて、妙の顔をのぞきこんだ。

「……苦しいか」

だいしょうぶか。熱を測る要領で、妙の額に銀時のをくっつける。汗ばんだ額にはりついていた前髪も指の腹でつまんで取り払ってやると、固く目を瞑っていた妙がようやく瞼を開く。
鼻頭がふれあうほどの距離に銀時の顔があるのを認めて、安堵したような息がほぅっと妙の口から吐かれる。大丈夫かの問いかけに対してだろう、妙が首を横にふる。

「ちがうの、銀さんのせいじゃなくて。息を、止めてたから」
「こらえてっからだろ」

出せよ、声。
くっついた額をそのままに、一センチほどの距離で言い放てば、妙は逃げれもしないのに視線を右往左往させるのだった。
恥ずかしいのだろうかと勘繰ったか、ここまでの過程を思えば恥ずかしいだのはもう関係ない。やはり外に聞こえることが怖いらしかった。
大丈夫だって聞こえねーよ、と目で訴えてやるが、妙は下唇を噛みしめて一向に声を出すことを拒絶している。それがいけなかった。強情ぶっているのも今のうちだと、銀時の加虐心は高まる一方なのだ。

かろうじて引っかかっていると言ってもいいほど、襦袢の大部分はもう肌蹴てしまっている。腰で塊になっている襦袢の隙間では、胸を覆っていた下着と同じ色をした布きれがちらりとのぞいているが、一瞥をくれるだけに留めた。
声が聞きたかった。
妙の手が緩んだと同時に、つかまれていた肩口に引き離すことに成功する。慌てて口を塞ごうとする妙の両手を手首ごと左手でまとめあげて、腰骨の横に縫い付けた。
身体を屈ませた銀時は、啄むみたいに臍のちいさな窪みに幾度も唇を押し当てながら、右手で太腿から下肢の付け根を撫で上げる。手を上下に行き来させる行為を繰り返している最中、舌先に触れる妙の腹がぞくぞくと震えるのが皮膚越しに銀時に伝わる。

どんな顔をしてるのかを確かめたくなって、肘で身体をさえたまま、舌も手もすべての身動きを止めて銀時は妙を見やった。目を瞑って身体をよじっていた妙が、うっすらと上気した頬を銀時の身体の方向によこす。
どうして行為をやめるのかと、瞳は戸惑いの色に染まっている。

すり寄るように、まっしろい咽喉に歯を立てた。つかんでいた妙の手を離してしまうことも許して、両の手のひらで胸のふくらみを覆いながら、銀時の口先は小振りな耳朶を含む。わざと音を立てて、やわらかな耳の肉を吸い上げてやれば、ついに妙の鼻腔から吐息が漏れた。
「っ…はァ、」こぼれた息ごとを飲み込むように、唇へ噛み付いてやる。

うっすらと上気した頬を手の甲で触れてやれば、水分をたたえる瞳がまばたきを繰り返した。熱にうかされた目は銀時だけを映している。妙に覆いかぶさる銀時もきっと同じように妙だけを瞳に映しているのだろう。
二人分の呼吸が世界をつくっていた。
整わない息はお互い様で、どこまでも呼吸は噛み合わないまま、唇はついて離れてを繰り返した。



#原作
二日目まで '一周年リクエスト
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