恋しませんか、お嬢さん
ルビーみたいに綺麗な赤色のハイヒールを取り払えば、爪先と踵を腫らして己の両足が飛び出した。血のにじむ痛々しい爪先をちょんとつついてみると、ぴりりと鋭い痛みが走る。こんな事になる位なら、ヒールなんか履かなきゃよかった。
「……さいあくネ」
おかしいな、なんでかな、と神楽は思う。
二人の結婚が決まった時はとても嬉しかった。盛大に祝福をしてあげたくて、式を挙げる日を楽しみにしていた。なのに、なぜだか当日の今日は気分がすぐれない。おまけに、『彼女』みたいな大人っぽくて素敵なレディになりたくて慣れない高いヒールを履いたら、靴擦れして歩けなくなってしまった。
騒がしい会場の隅にひとりポツンと体育座りになっている自分はさぞ惨めに映るだろう。大好きな人たちが幸せそうに笑顔で談笑しているなか、神楽だけが取り残されてしまったように周りは静かだった。
はだしの両脚を抱えた神楽のそばには、花束のブーケがある。本来ならブーケトスという血で血を洗う戦いを経て手に入れることができるそれを、さっき花嫁から直接受け取った。
神楽ちゃんならきっと、うんと可愛い花嫁さんになるわ、と。
『彼女』は美しく微笑んでくれた、けれど。
「おーおー、なんか湿気た面してんな。ひょっとしてお前アレかィ、女の子の日だろ」
「……お前、ちょっと黙れヨ」
排卵日か、と直接的な表現をされるより逆に気持ち悪い。神楽は不快さを露に眉を寄せる。いつの間に現れたんだろうか、神楽の隣にスーツ姿の沖田が佇んでいた。
人が折角センチメンタルな気分だっていうのに。空気読めよなサド野郎、と毒を吐こうにも、よく考えたらこの男に空気を読めだなんて言葉が通用するわけがないのだった。
沖田が神楽の足元に目を留めて、腫れた患部をすぐに見つける。ああ靴擦れかィ、と呟いた。
「ガキが馴れねーもん履くからだ、ガキ」
「お前もガキだろ、ガキ」
べえっと相手が舌を出すのでこちらもべえっと舌を出して、フンと顔を逸らした。ガキ臭い仕草だとは神楽自身気づいている。でもなぜか分からないけれど、沖田を相手にするとそんな態度になってしまう。
「あ」
神楽が沖田から顔を背けた先、丁度そこには『彼女』が居た。思わず息を飲んで数秒間ほど呼吸を止めてしまう。
真っ白なウェディングドレス。高貴な色は、常に凛とする彼女に良く似合う。いつもの気だるさを残しつつ、なかなか似合っているタキシード姿の彼を、彼女は優しい瞳で見つめている。その光景を見つめる神楽は、ほうと深い溜め息をついた。
「言っとくけど、お前は姐さんみたいにゃなれねえぞ」
「……そんなの、分かってるアル」
横から余計な一言を挟んできた男になにか言い返してやりたいけれど、沖田のその言葉は紛れもない事実だったから神楽はグッと口を噤んだ。その様子に、意外そうな顔で沖田は「あり?」と声を上げた。
「なんかお前、今日元気ねえのな」
「元気ないって分かってんなら話かけんな」
「まさか本当に排卵、」
「違うアル! 勝手に変な想像してんじゃねーヨ! ……違くて。そーいうんじゃなくて、だから、私は、ただ、」
「ただ、何だってんだィ?」
お尻が痛くなったので神楽は膝を抱え直した。すると、沖田は神楽のすぐそばにペタリと座り込んだ。
なんでそばに居るんだろう。
コイツは私のことを嫌っているんじゃなかったのか。変な奴だ。不思議に思って横を見るも、沖田の横顔からは何も読み取れない。
それでも、今はそばに誰かが居るのは心強かった。
「私はただ、ひとりぼっちだなあって。そう、思ってただけヨ」
それが今日の憂鬱の正体だった。笑いたくても、泣きたくなってしまう理由である。
自分たちは今まで散々、家族みたいだと言われ続けてきたけれど、それも今日でオシマイだ。なぜなら今日から彼と彼女は正真正銘の家族になる。そして新八は彼女の弟で、三人は今までよりずっとたしかな『家族』という形になる。
自分だけつながりのない、宙ぶらりんの関係が寂しいのだと、そんな神楽の言い分を聞いた沖田はゆっくりと口を開いた。
「それなら、俺んとこに来りゃいい」
すぐ近くに居るせいか、沖田の息は酒臭かった。俺のところに来いだなんて。酒の勢いがあるから、そんな事言えるんだろうかと神楽は思ったが、沖田の目を見たら、違うとすぐにわかった。
はしばみ色の前髪の隙間から、脱いだヒールと同じ真っ赤な色をした沖田の瞳が神楽を見つめてくる。ぎゅんぎゅんぎゅんって、すごいスピードで身体中の血液が顔の辺りに集まっていく。神楽は慌ててブーケに鼻を埋めて、沖田に見られないように顔を隠した。
(花嫁さんのブーケを受け取った女の子はね、次に結婚するってジンクスがあるのよ。)
綺麗な花嫁になった彼女の言葉が、今もずっと、神楽の頭の中でリピートしている。件のブーケは今、神楽の右手にある。
#原作
恋しませんか、お嬢さん
title 星を浴びて