この青い空の下
青空が似合う、背中だった。たとえるなら、そう。真っ青な夏の空の中に沸き立つ入道雲のみたいに。
綺麗な青を背景にして、風にそよぐ白い着流し。太陽の日差しをキラキラと反射する銀色が、鮮やかな思い出として残っている。五年経った今でもそれが全く色褪せていないのはきっと、毎日のように思い返しているから。
「ねぇ、母ちゃん」
「なあに?」
「その『思い出の場所』って、あとどれくらい?」
「うーん、もう少しかしら」
もうこれで、本日五回目の「あとどれくらい?」だ。
待ちきれない気持ちからか、石段をのぼる足を無駄に高く上げてグングンと先を行くわが子。それを微笑ましく眺めながら、私もできるだけ早足で追いかける。
坂を上った先に緑の丘が見えてくる。ほら見えたと私が指差せば、そこを目指して一直線に駆けて行ったその背中は、あの人に似ていた。
「すごい! すごいすごい!」
陳腐な言葉だけど、この景色はたしかに「すごい」としか言い表せない。
眼下に見える歌舞伎町があんなにも小さい。周囲を青空に囲まれたその場所で、きゃっきゃとはしゃぐ我が子の髪はクルクルの銀色で、まるで小さなあなたがそこにいるみたい。
「ここは昔ね、連れてってもらったの」
「父ちゃんに?」
「ええ」
――すげー空が綺麗に見えるだろ? お前にも、見せてやりたくてよ。
今からもう五年も前のことなのに、あなたの言葉を一字一句全て覚えている自分がいた。ああ、私は本当にあなたが大好きだったんのねと今更ながらに気付かされる。
――いつかまた、ここへ来ような。絶対。
「母ちゃん、泣いてるの?」
ううん、泣いてないわ。
誰があんなダメ侍のために泣いてやるもんですか。
それでも頬から零れ落ちるものは隠せなくて。吹き抜ける春風が早く頬を乾かしてくれるのを待った。
そのとき、ぎゅっと。小さな力が私の手を引いた。
私の左手を掴んでくれたのは、プレゼントなんて何もくれなかったあなたが唯一、私に残してくれた宝物。
「父ちゃんのバーカ」
ぎゅうぅと触れた小さな手に力がこもって、ボソリと呟かれたそれ。私がえ?とそちらを見やれば、すうっと大きく息を吸い込む姿があった。
「母ちゃんを泣かせるなー!」
青空に向かって叫ばれた声は、周囲に強く響いた。クルクルした銀髪が、目の前から吹いてきた一陣の風になびく。
「母ちゃんも言ってやれ!」
「え?」
「バカな父ちゃんに言いたいこと!」
バーカと再び空に向かって叫ぶ横顔。
私はしばらくしてフフッっと笑い出した。こういう思考が本当にあなた似だ。いや、もしかしたら私似なのかしら。
そんなことを考えながら、私も同じく大きく息を吸い込んだ。
「銀さんのバーカ!」
「父ちゃんのバーカ!」
「万年金欠!」
「まんねんきんけつ!」
親子揃って父親の悪口を空に叫ぶ今の私たちは、大層奇妙な光景だろう。
「この甲斐性なし!」
「かいしょーなし!」
「白髪天パ!」
「・・・母ちゃん、僕も白髪天パなんたけど」
「あら、ごめんなさいね」
違うのよ、とムッとした表情を浮かべる我が子の頭を撫でる。
私が言ってるのは、まるでダメなお父さんの方。略してマダオの方よ。
父ちゃんはマダオなの?
そう、マダオ。
そうか、父ちゃんってマダオなんだ。
目の前でケラケラと笑い出した我が子につられて、私もクスリと笑いを零す。
良かった。溢れていた涙も、この笑いに溶けて消えてくれそうだ。
「オーイ、そこのお姉さん。人のガキに変なこと教えてんじゃねーよ」
私たちの間にあった笑い声に混じり、誰かの声が聞こえた気がした。いや、たしかに聞こえた。
パチパチと、私たちの目が瞬いて、私よりも先に隣の小さな白が声のした方を振り返る。唯一私に似てくれた、黒糖飴みたいなキラキラした黒目がグラリと大きく揺れ動くのが見えた。
「ったく、誰がまるでダメなお父さんだっつうの」
マジでダンディなお父さんの間違いだろ、と。思い出の中の懐かしい声が、後ろから近づいてくる。
ああ、どうしましょう。
せっかく乾いた涙が、また。
泣き顔なんて見せたら、なんだか私があなたにベタ惚れみたいじゃない。悔しいから、どんなに涙でボロボロの顔でも、笑顔で振り向いてやろうと思う。
澄み渡る、青い、蒼い、空の下。振り向いた私の目の前にいたのは――・・・、
#原作
この青い空の下'100529
title 銀妙好きに15のお題。