銀妙がジャンプを貸し借りする話

「ジャンプ貸してください」
「…………は?」

 開口一番、そんな突拍子のない願いごとを言われたら、誰だって間抜けな返事をしてしまうはずだ。とんでもないアホ面を晒している自覚はあるが、いまばかりは仕方がないだろと銀時はいっそ開き直ることにした。

 いま、コイツなんて言ったよ。
 ジャンプって聞こえたけど。いやまさかね? そのまさかだ。

 すっかり困惑して万事屋の玄関に立ち尽くす銀時をよそに、元凶たる志村妙はいつもと変わりない菩薩のような微笑みを向けてくる。

「ジャンプが読みたいんです。ほら、銀さんがいつも読んでいるでしょう」

 あれを貸してくださいな、とニッコリ笑顔でお願いされた。くださいなの語尾にハートついてそうな可愛げたっぷりの声は、客相手だったら効果抜群に違いない。
 しかし妙の必殺スマイルを浴びても、銀時は一切も誘惑されなかった。おねだりされている対象がドンペリじゃなくて、色気も皆無な漫画雑誌だったからだ。
 ご丁寧に、銀時がいつも読んでいる、と付け加えられて、妙の言う「ジャンプ」とやらは銀時の愛読している少年漫画誌のことで間違いないようだ。ただしそれがわかったところでなんだというのだ。むしろ妙の口からジャンプなんて珍しい単語が二度も出てきたことで、事態が好転するどころか泥沼化した気がする。すでに銀時の頭の中は、大量の疑問符で溢れ返って大変なことになっている。

(いやいやいや……なんでジャンプ? しかもなんで俺んところに来るの?)

 前を向けば相変わらず何考えてるんだか分からない笑顔の妙と目が合う。ああ、この状況は俺一人じゃ荷が重いわ、無理だわコレと早々に白旗を上げてしまった。
 情けない? なんとでも言ってろ。新八か神楽か、誰でもいいから助けてくれと内心で救助を呼ぶが応答はない。彼らが晩飯の買い物兼定春の散歩に出かけたのがつい先ほどであることを考えると、あと一時間ほど救援は期待できそうになかった。

(友情、努力、勝利。)

 ジャンプ三原則が銀時の頭をよぎった。
 そのあとに、志村妙という女について考えてみる。

(いや、びっくりするほど似合わねーなオイ‼)

 似合わな過ぎていっそ笑えてくる。友情だ努力だそんなもの、反則技の見本市である妙の前では無力化されてしまう。「修行編? なんですかそれ食べれるんですか?」と言わんばかりの最強ステータスを掲げるこの女は、白夜叉だろうが武装警察組織だろうが容赦なく拳を振りかざしてみせる。主人公補正とは何だったのか、一話なのにボコボコにされた自分が言うのだから間違いない。こんなのが少年漫画のラスボスだったら友情努力勝利の勝利の部分が成立しないだろう。
 だって誰も勝てないんだもの。誰も止められないんだもの。魔王降臨なんだもの。

「銀さん? いま何か失礼なことを考えてます?」
「いーえ別に! まったく! これっぽちも!」
「ならいいんですけど」

 こんなふうに、やけに勘の鋭いところも銀時が苦手なところだった。

「つーか、オネーサンね、ジャンプが読みたいなら読めばいいだろーが。わざわざ俺のとこに来て頼まなくても、本屋かコンビニの雑誌コーナーに行けばあんだろ」
「それがちょっと事情が違うんです」
「事情?」
「ええ、今週号じゃなくて、ちょっとむかしの号が読みたいんです」

 なるほど、と銀時は合点がいく。ジャンプの寿命は短い。長くて一週間だろうか。店側は一週間で売り切るべく在庫を仕入れているし、たとえ売れ残ったとしても次の月曜日になれば先週号は売り場から姿を消してしまう。
 なので、一週間以上遡って読みたいというのなら銀時の元へ来るのは正解だ。ジャンプを何十冊も紐で束ねた状態で資源ごみに出すのが銀時の習慣(というか回収日を忘れている)だし二か月分のジャンプならまだ取っておいてある。
 どれくらい前のジャンプが読みたいのかを聞けば、二か月くらい前だと返ってきた。
 今ならちょうど二か月分のジャンプがあることを伝えると、パッと花びらが開くように妙の表情が明るくなる。

「よかった」

 心の底から安堵した面持ちで、実はほとんど諦めていたんですよと、万事屋の門戸を叩いた時の心境を妙は吐露してみせた。二か月も前のジャンプなんてきっと捨ててしまっているだろう、そう思っていたのだという。
 妙が嬉しそうに笑ってくれると銀時もまあ悪い気はしない。古紙の回収日を見送り続けた甲斐があったというものだ。

「それで? お前がジャンプ読みたいなんて珍しいこと言い出した理由は?」
「えっ。そ、それは……」

 おや、と銀時は驚いて妙を見た。
 不思議なとこに、今までよどみなく言葉を紡いできた妙が急に歯切れ悪くなる。
 ええと、あの、と困ったように呟く妙の表情はどこか弱気だ。一言目にはジャンプを貸せと言って、二言目にはジャンプが読みたいと勢いよく万事屋に乗り込んできたくせに、一変してしおらしい態度を取られると銀時としても対応に困る。
 そもそもだ。妙が万事屋を訪れた時から、なんとなく様子がおかしいことに銀時は気付いていた。妙という女は順序良く物事を話す性格のはずで、普通ならジャンプを借りたい理由など銀時が聞かずとも妙のほうから話しているだろう。だから今、こうして言いよどむ妙にはそれなりの事情があるらしいと察した。

「とりあえず上がれば?」

 応接間で話を聞くつもりで銀時が告げてやれば、まるでそれを待っていたかのように、妙が三和土に草履を脱ぐまでとても早かった。
 お邪魔します、と廊下に立つ妙の声が控えめに響く。
 晩飯の当番の二人と一匹が居ない応接間はガランとしている。その様子に妙が安堵したように胸を撫で下ろしていた。ひょっとすると銀時以外の従業員がいない時間帯を狙ったのかもしれない。その証拠に、応接間のソファに座るなり妙は「新ちゃんや神楽ちゃんには内緒にしてくださいね」と釘を刺してきた。

「絶対に笑わないでくださいね?」

 前置きが長い。ジャンプを読みたがる理由を話すだけなのに、なにを勿体ぶることがあるのだ。文句を言おうとしたら、笑ったら殺しますよ、と物騒なセリフを吐かれて、脅迫に屈した銀時は何度もコクコクと頷き返した。

「――っていう漫画を知ってますか?」

 妙が口にしたそのタイトルに銀時は聞き覚えがあった。何週か前から始まったジャンプの新連載のはずだ。それがどうしたんだと妙を見つめ返す。

「スナックすまいるでお客様に教えてもらったんです」
「フツー酒の席でマンガすすめるか?」
「あら、趣味の話をする人は多いですよ」

 熱中している物事を熱弁する客のことを妙は好ましく思っているそうだ。仕事の愚痴を永遠と聞かされるより楽しいですよと、妙が微笑む。

「そのお客様がね、すごく面白い、って目を輝かせて言うんです。聞きかじった漫画の内容も面白そうでしたし、お客様があんまり楽しそうに話すから、仕事が終わったあともずっと気になっちゃって。あれから本屋さんを何軒か回って探してみたんですけど、どうやら連載されたばかりで単行本化してないみたいなのよ」

 掲載雑誌がジャンプであることを知っていたが、今からでは何話か飛ばして読むことになる。どうしても一話から読んでみたいと思った妙は、銀時がジャンプを愛読書としていることを思い出したらしい。

「もうすこし待てばきっと本になるのに、それが待てなくて銀さんのところまでジャンプを借りに来ちゃったんです」

 一体どんな理由でジャンプを借りにきたかと思えば、なんだそんな理由だったのか。
 笑うなと忠告されていたから、にやけそうになる口許を手で押さえた。
 ともかく事情はわかったので、銀時は社長机の影に隠すように置いてある雑誌の山から何冊かを取って妙に手渡した。

「客がお前にすすめた漫画の一話目が載ってんのはこの号」

 一番古い号の表紙をトントンと叩くと、妙が雑誌の表紙をまじまじと見つめる。
 その目がキラキラと輝くのを眺めていたら、自然と言葉がこぼれていた。

「読めって命令されたわけじゃねーのに、よくやるよな」
「……べつに、いいじゃないですか」

 一番古い号のジャンプを胸に抱きしめて妙がムッとした顔をつくる。

「どうせ私は単純ですよ」
「え~っと、オネーサンなに怒ってんの?」
「銀さんは、人にすすめられたから読むわたしをミーハーとか、そういう単純な奴だって言いたいんでしょう」
「はぁあ?」
「だって今、呆れたでしょう」

 よくやるよなという銀時の言葉を、馬鹿にされたと受け取ったらしい。

「誰がンなこと言ったよ。むしろ、お前のそーいうところ、いいなって思ったよ俺は」
「そーいうところって、どーいうところ?」

 きょとんと首をかしげる妙を見て、本人が自覚していないのかよ、と驚いた。
 妙の話を聞いたかぎりでは、漫画をすすめてきた客は本当にその漫画が好きだったのだろう。妙が真剣に聞いてくれたから客も真剣に話をした。好きなマンガの話なんて、スナックという不釣り合いな場所で出会ったばかりのキャバ嬢に話すものか。その客は、この女になら好きなことや趣味、自分の柔らかい部分をさらしてもいいと判断したのだろう。自分を知ってほしいと真剣に話した。だからこそ、そんな客の真剣さに触れたからには、妙も真剣にその漫画を読みたいと思ったのではないか。
 なんてことを考えてみる。すべては銀時の想像に過ぎないけれど、当たらずとも遠からずだと思っている。
 万事屋にジャンプを借りに来たのだって、なんともこの女らしい理由だろうか。酒の席で紹介された漫画など今度読んでみますと社交辞令で済ませてしまうのも簡単だろうに、妙はそうしなかったし、単行本が発売されていないことを知って諦めてしまうこともしなかった。諦めなかったから、銀時の元にジャンプを借りに来た。
 彼女がスナックすまいるきっての人気ホステスたるゆえんが、今日の妙を見ていたら、なんとなく理解できた気がした。

「仕事がんばってんだな」

 ほとんど呟くように言うと、さっきまで不機嫌を主張していた妙の頬が、まるで空気が抜けるみたいに、しゅるしゅるしぼんでいくので面白い。

「……あの、私は別に、頑張ろうと思ってやってる、わけじゃないのよ」
「へえ、そーなの?」
「そーですよ。褒められるものでもないですし。だってこんなの、ただの私のワガママなんだもの」
「へぇ?」
「なんですか、その返事は。言っておきますけどね、銀さんが思ってるほど私ってば、しっかりしてないんですからね。本当にその漫画を今すぐ読んでみたくなって、仕事の最中もずっとそのことばかり考えて、その日から必死になって探してたんです」
「必死で何が悪いんだ」
「え?」
「必死に探したから本屋も回って、俺のところまで来たんだろ。しかも、ちゃんと一話から読もうとして。お前にその漫画を教えた客も、すすめた甲斐があるってもんだろ」

 率直に褒めたところで自分はそんなできた人間じゃないと否定するに決まっているから、銀時はわざと客を引き合いに出した。これなら反論もできまい。案の定なにも言えなくなった妙は銀時の言葉を受け入れることを選んだようだ。

「あ……あの、」
「うん?」
「銀さんがいてくれて本当によかった」
「は、」
「ジャンプを読ませてくれて、ありがとうございます」

 ふふっとやさしい吐息がおりて、妙の指がジャンプの表紙を撫でる。自分に触れたわけでもないのに、その仕草がいやにくすぐったい。
 自分がいてくれてよかった、というのは特別な意味などではないのだろう。都合よくジャンプを貸してくれる銀時がいてくれてよかったとか、そういう意味である。いやそんなことわかってるし、自分で言ってて悲しくなるからやめよう。
 妙にとって、身近な人間の中でジャンプを購読しているのが銀時だけだった。
 それだけなのだ、と言い聞かせるのは、ほんの少しさびしい気持ちがした。

「礼はいーから、さっさと読め。新八が帰ってきて追及される前にな」
「たしかにそーですね」

 銀時と妙と散らばったジャンプ数冊という不思議な状況を見て、新八がツッコミ魂を燃やさないわけがない。妙は慌ててジャンプを開いた。
 彼らが帰ってくる前にジャンプを片付けなければいけない、と思いつつも、その数分後には妙につられて銀時もジャンプを広げて読書を開始してしまうのだった。
 ふと、ジャンプを読む手を止めて銀時が視線を上げると、連載一話目を読み終えた妙が二冊目のジャンプに取りかかろうとしていた。妙がジャンプを読むスピードは早くもなく遅くもない。台詞を追うだけじゃなくて絵をじっと見たり、前のページに戻ったりしている。真剣に読み込んでいるらしかった。
 読んでいる途中、展開に目をきらきらさせたかと思えば、シーンによっては落ち込んで悲しそうに眉を伏せたりする。あんまりにも表情豊かに読み進めるので、銀時はいつのまにか読んでいたジャンプのことを忘れて、妙の顔に視線が釘づけになっていた。
 こちらが向ける視線に妙が気づかないのをいいことに、じっくり見つめてしまった。
 三冊目、四冊目。最新話まで読み終わった妙がふうと一息ついて、そこでようやく目が合った。

「あ、読み終わった?」
「…………なに見てるんですか」

 そこでようやく一部始終を銀時に見られていたことに気付いた妙は、もじもじ恥じ入るように口をきゅっと固く結んだ。これ以上からかうと拳が飛んで来そうだが、可愛らしい妙の反応を目にした銀時の悪戯心は止まらない。

「どうだった?」
「はい。とても面白かったです」
「俺も面白かった。それ読んでる時のお前の反応もな」
「銀さん!」

 恥ずかしがる妙の目元がついに泣きそうなほど真っ赤に染まっていた。今度こそ拳が飛んで来る前に悪かったと素直に謝った。幸いなことに拳は飛んで来なかった。読んだ漫画がよっぽど面白かったのか、いまの妙は機嫌がいい。
 妙が壁時計を見やる。どれくらい時間が経ったのか確認して、そのついでにカレンダーに視線をやった。

「今日は水曜ですか」
「ジャンプは月曜日な」

 来週が待ち遠しいですね、と妙が苦笑してみせるので、銀時は仲間を見つけたような気持ちになって、つい笑みがこぼれる。

「お前さ、来週も読みに来れば?」
「そういうわけには……」

 申し訳なさそうに遠慮する妙だが、その目が一瞬輝いたのを銀時は見逃さない。

「だってお前、新八にも言い出しづらかったんだろ。本屋で買っても家に持って帰れないんじゃねーの」

 う、と言葉に詰まる妙に銀時はにやりとした。勝ちを確信したからだ。

「……続きを読むまで、ジャンプはゴミに出さないでくださいね」

 心得た、と銀時は強く頷いた。約束したところで銀時の負担が増えるわけじゃない。いままで自分が読んで終わるだけだったのが、もう一人読者が増えるだけだ。
 銀時も妙もこの新連載の作品はわりと好きな作風の漫画だが、週刊雑誌において新連載は短命な漫画が多いのが普通だ。これも例外でもなく、最新号における掲載順も悪くはないがよいとも言えない位置にある。普段の銀時ならまあ次があるさと流してしまうところだが、今回ばかりはアンケートを出そうと決めた。

「せめてあのライバルの過去がわかるまで終わってほしくねーよなあ」
「ああ、わかります。ヒロインと何かあったフラグを匂わせているでしょう?」

 そうそう、と頷いてからはたと気付く。
 妙と自分が漫画の話なんてする日が来るなんて思いもよらなかった。
 わけもなく嬉しくなって笑い出すと、何を笑ってるんですかと最新号のジャンプを抱えた妙もつられたように笑った。


#原作
銀妙がジャンプを貸し借りする話 '20180213
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