引き分け上等、延長戦へ
「アネゴォ、好きって十回言ってみてほしいアル」ある日、妙の家に遊びに来た神楽が、縁側から投げ出した両脚をぶらぶらさせながら、そんなことを言い出した。子どもたちのあいだで流行している遊びを妙相手に仕掛けてみたいのだと言って、彼女はニカッと人好きする笑顔を妙へ向ける。
どんな遊びか興味があった妙は、ええいいわよと二つ返事で応じた。
「好き、好き、好き……」
リズムよく同じ言葉を唱えながら妙は内心ほくそ笑む。この勝負、神楽ちゃんには悪いけど勝たせてもらうわよ。なぜならこの手の遊戯は、相手の質問をよく聞いていればまず間違えない。
「好き、好き、好き……ハイ、これで十回よ」
「わたしも好きアル!」
「えっ?」
予想外な返事に妙は動揺した。てっきり言葉の揚げ足取りをする遊びだと身構えていたけれど、どうやら違ったみたいだ。
不意打ち気味の告白を受けて妙の頬はカアッと盛大に紅潮し、心臓もキュンキュンと高鳴っている。これの一体どこがゲームなんだと言われたらそれまでだが、あえて勝ち負けを決めるとしたら勝者は神楽に違いなかった。
妙が負けじと「私も神楽ちゃんのことが大好きよ」と微笑んでやるが、相手はムフンと得意げに笑うばかりだ。とんでもないツワモノである。
これまでの戦績を聞けば、子どもたちの中だと神楽が一番強いんだそう。たしかに、こんなに可愛い女の子に好きと言われたら誰だって白旗を挙げるでしょうねと妙は納得した。
「この遊び、万事屋のみんなにも試したんでしょう。新ちゃんたちはどんな反応してた?」
ふるふると首を振った神楽は「新八はどうせドーテーの反応を寄こしそうだから、予想がついてつまらないネ」とヤレヤレ顔をした。
「銀ちゃんにもまだ試してないけど、なんでそんな遊びしなきゃなんねーのってウダウダ文句言うだけ言って、アイツ絶対にやらないアル」
「言いそう」
「あっでも、アネゴ相手ならやってくれるかもしれないヨ」
意味深な発言をされてドキッとした。まだ誰にも打ち明けてないはずの銀時との交際を、神楽に見抜かれてしまったのかと思ったのだ。
しかし横目に見た神楽の表情はキョトンとしていて、深い意味で言ったわけではなさそうだと安堵した。妙の言うことに逆らえない銀時の姿をよく目にしているから、その延長で神楽は発言したのだろう。
「銀ちゃんがどんなアホ面してたか教えてネ」
いつのまにか、妙が銀時を例の遊びに誘うという流れになってしまった。キラキラの青い瞳に見つめられたら、できないとは言えない雰囲気である。
それに、だ。
さっき妙が神楽の返事にドキッとさせられたみたいに、銀時にも、妙の言葉で胸の高鳴りを覚えてくれたらいいなと期待した。
***
「なんで俺がそんなこと言わなくちゃなんねーの」
アラ本当に言ったわ。予想通りすぎてつまらないと妙は肩をすくめた。
夕方、出勤前に立ち寄った万事屋で銀時と対峙している。神楽は定春の散歩に、新八は夕飯の買い出しに出ていてちょうどよく二人きりになれたので「銀さん、ゲームしませんか」と早速仕掛けてみた。好きって十回言ってみてほしいと頼んだら、苦虫を噛み潰したような顔の銀時から先ほどの文句が飛び出したところだ。
「いいから、いいから。言うだけですよ。じゃないと始まらないんです」
「始まるってなに。俺とお前でなにおっぱじめようってんだ。好きとかさァ侍が軽々しく言うもんじゃないからね。しかも十回なんてお前、そんな一気に言ったらアレだよ、本来の重みがさ」
ああだこうだ言い訳する銀時には正直興ざめだ。この遊びに誘ったら、銀さんはどんな反応をしてくれるかしらと楽しみにしていたのに。うきうき弾んでいた気持ちがしぼんでいって妙はハアとため息ついた。
「もういいです。それじゃ私、仕事の時間なので」
「もういいってなんだ、このゲームにゃ続きがあるんじゃねーのか」
「だって銀さん、やりたくないみたいですから。よそを当たります」
「……よそ?」
出勤したらまずは、おりょうに試してみたい。阿音ちゃんならどんな反応するかしらと予想しながら玄関へ向かおうとすれば、オイ待てと銀時に引き留められた。
「っ、ッす…………ぅき、っだ!」
あれだけ抵抗していたくせに、急に手のひら返した銀時を怪訝に思う。しかも、なぜか男の顔は明後日の方向を向いている。
「目を見て言うのがルールなので、やり直しです」
「言い損じゃねえか」
チキショウと吐き捨てる銀時は不機嫌そうだ。そんなにイヤなら言わなくていいのに。
「……好きだ」
後付けしたルールに銀時は律儀に従った。日暮れの室内で、夕焼け色に染まる男の両目がまっすぐに妙を捕らえて離さない。とくん、と妙の心臓がちいさく跳ねる。
噛み締めるような、好きだ、が続く。まだ二回目だ。十回目がやけに遠く感じる。
乾いた唇を舐めた銀時は、己を鼓舞するように固く握りこぶしをつくる。いや誰もそんなガチなノリを求めてないのだけれど。銀さんもうちょっと声のトーン抑えてもらいますかと妙は横から口を挟もうとした。
「ねェぎんさ、」
「好きだ」
「あの、」
「好き」
「もう、いいですからっ」
「うるせーな、好きだって言ってんだろ」
半ば逆切れみたいな調子で銀時が距離を詰めてきた。うつむき加減になる妙の頭を両手でわし掴んで持ち上げ、至近距離から見据えてくる。
「おら、あと五回残ってんぞ」
聞き逃すなよとたしなめる低声と、追い打ちをかけるみたいにまた「好きだ」と告げる男の真剣な眼差しに、妙の背筋がぞくんと震えた。おかしい。たかが子どもの遊びではなかったのか。当初の目的から明らかにズレた空気が漂いはじめる。
「スキ」
「もうやめっ」
「だいすき」
「ぎんさ」
「好きだ、お妙」
ああ、もう。名前を呼ぶなんてルールにないのに。
「すき。……ハイ、いまので十回。このあとはどーなんの」
「えっと、これは、神楽ちゃんに教えてもらったゲームで……」
もはや返事どころではない妙は、しどろもどろに経緯を説明した。子どもたちのあいだで流行している遊びで、十回好きだと言われたほうは返事をしなくてはいけないのだと。
「へェ。じゃあオメーも言わないとな」
怒涛の告白の嵐に見舞われたせいですっかり顔が熱い。犬歯を見せてヘラヘラ意地悪く笑う男に、せめて一矢報いてやりたいと妙は気合を入れ直した。
「私も銀さんのことが好きです」
「…………」
「…………あの、なんとか言ってください」
シンと静まり返る応接間。気まずい。遊び方を間違ったかしら。不安を覚えた妙が何も言わない銀時を窺うと、男は下唇をギリリと噛んで耐えるみたいな顔をしていた。
「もう離してくださいな。いまのでゲームは終わりですから」
「はァッ⁉ 終わりだぁ?」
「わっ」
急に大声を出した銀時に妙は目を丸くした。一体どうしたというのだ。
「嘘だろ、こんだけ煽っておいて? 続きないの? こっからが本番つーか、ガキのあいだじゃこんな不健全なゲームが流行ってんの?」
「不健全じゃありませんよ。本当はもっと気軽なカンジでやる遊びなのよ。誰も銀さんみたいにガチで挑んだりしないんです」
「最初に言ったろーが。俺の好きは安くないんでね。ま、お前は違うみたいだけど」
「はあ? どーいう意味ですかそれ」
「だって俺のは十回全部ガチだったけど、お前は気軽に誰彼かまわず好き好きって言えちまうんだろ?」
銀時がムッと口を尖らせる。さっき俺に好きだと言ったアレは、ただの遊びの延長だったのかとわかりやすく拗ねた様子だ。違う。そんなワケないでしょう。
「好きよ」
相手がくれた好きのぶんだけ、こちらの好きも伝わってくれないと嫌だ。十対二。まだまだ足りない。
「私は銀さんが好きです。さっきの好きも、今のこれも、ちゃんと好きですから。好きなの。信じてください。好き。大好きよ……ねェちょっと目、そらさないでくださいってば。そう、好きなんです、銀さんが好き。好きだから、もうそんな顔しないで、ね?」
最初に告げた「私も好き」と合わせて十回分だ。
これで釣り合うかしら。
言い終えて満足した妙は、おそるおそる銀時の反応を待つ。
じわじわと赤くなっていく銀時の耳、首、頬――ああ、きっと先ほどの自分もこんな顔を晒していたのだろうかと思ったら、とても恥ずかしい。
両者、紅葉を散らしたみたいな顔を突き合わせて黙り込む。
この勝負には勝ち負けのルールなんかない。でも強いて言うなら、惚れたほうが負けという言葉もあるくらいだ、自分たちは一生引き分けだ。
#原作
引き分け上等、延長戦へ '20221106